神戸地方裁判所 平成2年(ワ)1334号 判決 1991年10月23日
原告
坪田茂美
外一名
右原告両名訴訟代理人弁護士
吉田正文
被告
坪田敏正
外二名
右被告三名訴訟代理人弁護士
太田宗男
同
古瀬駿介
主文
一 被告三名はそれぞれ原告両名それぞれに対し、金六九七万〇七一七円及びこれに対する平成二年六月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告両名のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分して、その一を原告両名の負担とし、その余を被告三名の負担とする。
四 この判決は一項について仮に執行することができる。
事実
一 原告らの請求
被告三名はそれぞれ原告両名それぞれに対し、金九三四万二一九四円及びこれに対する平成二年六月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの請求原因
1 角二の死亡、相続人の相続分及び遺留分
(一) 坪田角二が平成元年九月三日死亡し、その相続が開始した。
(二) ところで、角二の法定相続人及びその相続分は、(1)長男被告坪田敏正・四分の一、(2)長女被告増田美佐子・四分の一、(3)次男坪田隆夫の代襲相続人長男原告坪田茂美・八分の一、(4)同代襲相続人長女原告坪田幸代・八分の一、(5)三男被告坪田博夫・四分の一であった。
(三) 従って、原告らはそれぞれ角二の遺産について、法定相続分の二分の一に当たる一六分の一ずつの割合による遺留分を有する。
2 遺言の存在、角二の遺産、遺留分減殺の意思表示
(一) 角二は生前、昭和六一年四月一七日付の公正証書遺言により、その所有する財産全部を包括して、被告らに持分各三分の一ずつの割合で相続させる旨の遺言をしていた。
(二) 角二の遺産は、別紙遺産目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)、及び別紙遺産目録(二)記載の預金(以下「本件預金」という。)である。
(三) そこで、原告らは平成二年三月二六日被告らに対し、遺留分減殺の意思表示をした。
3 本件土地の共有持分権相当額の請求
(一) 不法行為による損害賠償請求――主位的
(1) 被告らは、原告らに無断で平成二年三月二七日藤井忠義に対し、本件土地を代金三億一六七二万円で売却し、同年五月九日その旨の所有権移転登記を終えた。
(2) ところで、本件土地の平成三年三月二七日時点の時価は四億四五六九万円であった。従って、被告三名はそれぞれ原告両名それぞれに対し、原告らの本件土地に対する共有持分権各一六分一を違法に侵害し、本件土地の時価相当額の一六分の一の三分の一に当たる九二八万五二〇八円の損害を与えた。
(3) よって、原告両名はそれぞれ被告三名それぞれに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、本件土地共有持分権侵害による損害賠償金九二八万五二〇八円、及びこれに対する本件土地共有持分権侵害後である平成二年六月一日から完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 不当利得返還請求――予備的
(1) 前記(一)の(1)の同旨
(2) 従って、原告両名はそれぞれ、本件土地の売却代金の一六分の一に当たる一九七九万五〇〇〇円の損失を蒙り、被告三名はそれぞれ原告両名それぞれから、右損失額の三分の一である六五九万八三三三円ずつを利得した。
(3) しかも、被告らはいずれも悪意の受益者であるから、原告らに対し、その受けた利得に対して利息金を返還した上、原告らが蒙った損害も賠償しなければならない(民法七〇四条参照)。
4 本件預金の引渡請求
(一) 本件預金は合計二七三万五三五六円である。
(二) 従って、被告三名はそれぞれ原告両名それぞれに対し、本件預金の一六分の一の三分の一に当たる五万六九八六円の引渡債務を負う。
(三) よって、原告両名はそれぞれ被告三名それぞれに対し、本件預金の引渡請求権に基づき、本件預金五万六九八六円、及びこれに対する遺留分減殺請求権行使後である平成二年六月一日から完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1項中、(一)(二)は認め、(三)は否認する。
2 同2項は認める。
3 同3項中、(一)(二)の各(1)は認めるが、その余は否認ないし争う。
4 同4項は否認する。
本件預金債権額は七二万五四五六円である。
四 被告らの抗弁
1 遺留分減殺請求権の不存在――特別受益
(一) 亡坪田隆夫は、角二から生計の資本として、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「川崎の土地」という。)の贈与を受けているが、被告らは角二から何らの贈与も受けていない。川崎の土地の時価は六七〇〇万円以上する。
(二) 仮に、隆夫が角二から生計の資本として、別紙物件目録(一)(二)記載の土地建物(以下「川崎の土地建物」という。)の購入代金の贈与を受けていたとしても、その贈与分の現在価値は四五〇〇万円以上する。
(三) 従って、隆夫の代襲相続人である原告らには、遺留分減殺請求権はない(民法一〇四四条、九〇三条、九〇四条)。
2 価額弁償の選択
(一) 仮に原告らが遺留分減殺請求権を有するとすると、被告らは原告らに対し価額弁償を選択する旨通知している(民法一〇四〇条、一〇四一条参照)。
(二) 従って、被告らは原告らに対し、本件土地の共有持分権侵害による損害賠償義務はない。
3 価額弁償額ないし損害賠償額
(一) 本件土地の価額算定基準時
(1) 本件でも民法一〇四〇条・一〇四一条の適用があり、これによる価額弁償が認められるべきであり、相続開始時の本件土地価額を基準として弁償額(賠償額)を算出すべきである。
(2) 本件土地は、相続開始時から本件土地売却まで大幅に上昇し、その後下落しているのであり、このような上昇下落の全般的状況に照らせば、相続開始時を基準として本件土地価額を算定するのが相当である。
(二) 必要経費の存在
(1) 被告らは、本件土地を譲渡したため所得税と住民税を支払い、その他登記手続費用・測量代を支払っている。
(2) そして、最も所得の少ない被告美佐子でも、二九六二万四二〇〇円の税金を支払っており、これに登記手続費用等の負担分一五万四二〇〇円を加えると、必要経費の合計は二九七七万八四〇〇円となるので、譲渡代金(売却代金額の三分の一である一億〇五五七万三三三三円)に対する必要経費(二九七七万八四〇〇円)の割合は、28.2パーセントとなる。
(三) 価額弁償額ないし損害賠償額
(1) 本件土地の相続開始時の鑑定評価額二億九二六八万七〇〇〇円を基準として、必要経費八二五三万七七三四円(経費比率28.2パーセントによる)を控除すれば、実質価値は二億一〇一四万九二六六円となり、その一六分の一は一三一三万四三二九円である。
(2) 従って、原告一人当たりの価額弁償額ないし損害賠償額は、右一三一三万四三二九円から、隆夫が角二から生計の資本として受けた贈与分の現在価値の原告一人当たりの金額を控除した額である。
五 抗弁に対する原告らの認否
抗弁1項ないし3項は否認ないし争う。
六 原告らの再抗弁――抗弁1項に対する
仮に隆夫も角二から何らかの援助を受けていたとすれば、それは親子の情誼の範囲内の問題であり、又被告らの受益との比較ないしは相対的な問題であって、特別なものとして特に考慮に値するものではない。
七 再抗弁に対する被告らの認否
再抗弁は争う。
理由
一当事者間に争いがない事実
請求原因1項(一)(二)(角二の死亡、相続人の相続分)、同2項(一)(二)(三)(遺言の存在、角二の遺産、遺留分減殺の意思表示)、同3項(一)(1)(本件土地の売却処分)記載の事実は、当事者間に争いがない。
二遺留分の有無及びその割合について
1 証拠(<書証番号略>、証人坪田記代、被告敏正本人)によると、次の事実が認められる。
(一) 隆夫は、昭和二七年頃から電気工事会社に勤務していたが、その仕事は屋外の電柱に登ったりする危険な作業であったため、普通の勤め人以上の高い給料を貰い、預金も相当していた。隆夫は昭和三五年一月記代と結婚したが、記代も結婚まで約八年間働いており、ある程度の預金を有していた。
(二) そして、隆夫は、昭和三五年六月一日清水伝蔵との間で川崎の土地を代金六八万八〇〇〇円で買い受ける契約を締結し、同年一一月一一日川崎の土地について所有権移転登記を経由し、昭和三六年四月一〇日川崎の土地上に川崎の建物を新築した。
(三) なお、隆夫は、自分達夫婦の預金や、被告敏正からの借入金、勤務先からの借入金等でもって、川崎の土地建物の購入資金・建築資金に当てた。
2 被告らは、隆夫が生計の資本として、角二から川崎の土地自体の贈与を受けたと主張するが(抗弁1項(一))、前記認定によると、隆夫は、清水から川崎の土地を買い受けたのであり、角二から川崎の土地の贈与を受けたものではないから、被告らの前記主張は理由がない。
3 被告らは、隆夫が生計の資本として、川崎の土地建物の購入資金の贈与を受けたとも主張するが(抗弁1項(二))、角二が隆夫に対し、川崎の土地建物の購入資金の一部を援助したことを認めるに足る的確な証拠はなく、被告敏正自身も、「被告らは両親から、角二が隆夫に川崎の土地建物購入(建築)資金を援助した話は聞いていない」と供述しており(被告敏正本人調書26項27項)、被告らの前記主張も理由がない。
4 以上の次第で、隆夫が角二から生計の資本として贈与を受けた事実が認められないので、原告らは角二の遺産について各一六分の一の割合による遺留分を有していたものであり、請求原因1項(三)の事実が認められ、抗弁1項は理由がない。
三本件土地の共有持分権侵害(不法行為)を理由とする損害賠償請求について
1 不法行為の成否について
(一) 原告らが平成二年三月二六日被告らに対し、遺留分減殺の意思表示をしたにも拘らず、被告らは、原告らに無断で同年三月二七日藤井忠義に本件土地を売却し、同年五月九日その旨の所有権移転登記を終えたのであるから、被告らは原告らの本件土地共有持分権各一六分の一を、少なくとも過失により違法に侵害したことは明らかであり、被告らは原告らに対し、本件土地共有持分権侵害(不法行為)による損害賠償義務を免れない。
(二) 価額弁償の選択について
(1) 被告らは、原告らに対し価額弁償(民法一〇四〇条、一〇四一条)を選択する旨通知していることを理由に、本件土地の共有持分権侵害による損害賠償義務はないと主張する(抗弁2項)。
(2) しかし、民法一〇四〇条一項本文は、受贈者が贈与目的物を他人に譲渡した後において、遺留分権利者が遺留分の減殺請求をした場合に、受贈者への価額弁償請求を認めた規定であって、本件のように、遺贈目的不動産が受遺者の所有にある間に遺留分権利者が遺留分の減殺請求をして紛争中に、受遺者がその遺贈目的不動産を他人に譲渡して登記を了した場合にまでも、受遺者への価額弁済請求を認めた規定ではない(大阪高裁昭和四九年一二月一九日判決・判例時報七八七号七五頁)。
(3) 次に、民法一〇四一条一項は、遺留分権利者が受贈者・受遺者に対し、贈与・遺贈の目的物の現物返還を請求してきた場合に、受贈者・受遺者は遺留分権利者に対し、贈与・遺贈の目的物の価額を弁償して、現物返還義務を免れることを認めた規定であって、本件のように、遺留分権利者が不法行為(共有持分権侵害)を理由に損害賠償請求をしてきた場合に、受遺者が遺留分権利者に対し遺贈の目的物の価額を弁償して、損害賠償義務を免れることを認めた規定ではない。
(4) よって、被告らの前記主張は理由がない。
2 損害賠償額について
(一) 本件土地の評価額
(1) 鑑定の結果によると、本件土地の評価額は、相続開始時点(平成元年九月三日)では二億九二六八万七〇〇〇円、本件土地売却時点(平成二年三月二七日)では三億三三八六万九〇〇〇円であったことが認められる。
(2) そして、原告らは被告らに対し不法行為による損害賠償請求をしているのであり、不法行為により所有権を喪失させたことを理由とする損害賠償額は、その物の不法行為当時の取引価額によるべきであるから、本件土地の価額算定基準時は、不法行為時である本件土地売却時点(平成二年三月二七日)の評価額によらなければならず(前記大阪高裁昭和四九年一二月一九日判決参照)、本件土地の評価額は三億三三八六万九〇〇〇円と認めるのが相当である。
(3) 被告らは、本件のような場合にも民法一〇四〇条・一〇四一条が適用され、相続開始時の本件土地価額を基準とすべきであると主張するが(抗弁3項(一)(1))、本件については民法一〇四〇条・一〇四一条の適用がないことは先に説示したとおりであり、被告らの前記主張は理由がない。
(4) 被告らは更に、本件土地の評価額が相続開始時から売却時まで上昇し、その後下落していることに照らせば、相続開始時を基準として本件土地価額を算定すべきであると主張するが(抗弁3項(一)(2))、不法行為時がいわゆる中間最高価額であっても、不法行為の特質に鑑みれば、不法行為時を価額算定の基準日と解するのが相当であり、被告らの前記主張も理由がない。
(二) 必要経費の控除
(1) 被告らは、本件土地の評価額から、税金・登記費用等の必要経費を控除すべきであると主張する(抗弁3項(二)・同(三)(1))。
(2) しかし、物の所有権喪失による損害賠償請求については、その物の交換価値が損害賠償額であり、不法行為がなかったのと同じ状態に回復するのに要する費用を加害者に負担させることであるから、損害賠償を請求された加害者が被害者に対し、被害者がその物を売却すれば要する経費や税金を、その物の交換価値から控除すべしなどとは、要求できない筋合いである。
(3) 従って、被告らの損害賠償額を算出するに際しては、本件土地の評価額から税金・登記費用等の必要経費を控除する必要はなく、被告らの前記主張も理由がない。
(三) 損害賠償額
(1) 被告らは更に、隆夫が角二から受けた贈与分(現在価値)の控除も主張するが(抗弁3項(三)(2))、隆夫が角二から生計の資本として贈与を受けた事実が認められないので(前記二)、被告らの前記主張も理由がない。
(2) 以上の認定によると、被告三名はそれぞれ原告両名それぞれに対し、本件土地の平成二年三月二七日時点での評価額三億三三八六万九〇〇〇円の一六分の一の三分の一である六九五万五六〇四円について、損害賠償金支払義務を免れない。
3 総括
よって、原告らの本件損害賠償請求については、原告両名それぞれが被告三名それぞれに対し、損害賠償金六九五万五六〇四円、及びこれに対する本件土地共有持分権侵害後である平成二年六月一日から完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、これを認容し、その余は理由がないので棄却する。
四本件預金の引渡請求について
1 本件預金が角二の遺産であることは当事者間に争いがないが、本件預金のうち別紙遺産目録(二)(2)記載の当座貸越は角二の負債であるから、本件預金債権の差引き合計金額は七二万五四五六円である。
2 従って、被告三名はそれぞれ原告両名それぞれに対し、本件預金債権七二万五四五六円の一六分の一の三分の一である一万五一一三円について、引渡義務がある。
3 よって、原告らの本件預金引渡請求については、原告両名それぞれが被告三名それぞれに対し、本件預金一万五一一三円、及びこれに対する遺留分減殺請求権行使後である平成二年六月一日から完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、これを認容し、その余は理由がないので棄却する。
(裁判官紙浦健二)
別紙遺産目録<省略>
別紙物件目録<省略>